600人を、一か所に集められない
高度な技術を持つ、エンジニアリング企業がある。
航空機やロケットの設計に携わる、専門性の高い技術者たち。その育成に、この会社は決して手を抜いていなかった。技術研修は、社内の講師がしっかりと担っていた。
それなのに――エンジニア育成センターには、ずっと消えない違和感があった。
「育てたいのに、集められない」。
約600名の社員が、それぞれの取引先で就業している。同じ研修を全員に届けようとするたび、日程も、場所も、合わなかった。
この状況を、限られた育成チームだけで、どう打破するか。 それが、すべての出発点だった。

届いていなかったのは、技術ではなかった
研修を増やすべきなのか。講師をそろえるべきなのか。拠点ごとに担当を置くべきなのか――。
しかし、社員が「どこにいるか」を確認すると、違う景色が見えてきた。約600名が、全国の取引先に散らばっている。一か所に集められる人数は、ごくわずかだった。でも、教育に力を入れていなかったわけではなかった。 技術研修は、きちんとできていた。
届いていなかったのは、社会人としての「土台」のほうだった。ビジネススキルも、社会人基礎力も、内容も方法も整備されないまま、誰がどこで学ぶかによって、教育レベルが変わってしまっていた。
技術領域は社内講師が教える → 現場の取引先に配属される → それぞれの場所で働く → しかし、ビジネスパーソンとしての基礎を学ぶ機会は、拠点ごとにバラバラだった。その結果、同じ会社の社員でも、どこに配属されたかで、受けられる教育が変わっていた。成長のスピードにも、差が生まれていた。つまり、教育が足りないのではない。同じ教育が、全員には届いていなかったのだ。

同じ教育を、全拠点へ届ける
必要だったのは、たった2つ。
「どこにいても、同じ教育が受けられること」。そして「技術だけでなく、社会人としての土台を整えること」。
はじめは、社会人としての自己啓発ツールとして。各自が興味のあるコンテンツを選んで学べる形から、静かに始まった。意欲の高い社員が、自主的に使い始める。社内アンケートにも使われ、少しずつ、会社の日常に溶け込んでいった。
やがて、活用は一段進む。
2年目・3年目のキャリア形成教育を、岐阜・名古屋・東京・神戸・宇都宮といった全拠点へ、同じコンテンツで配信。バラバラだった年次教育が、初めて全社共通のプログラムになった。
年1回の個人情報保護やハラスメントなどの教育も、動画・資料・テストをセットにしたコースへ。全問正解でなければ合格にならない設計にしたことで、「きちんと学んだか」を、管理職まで含めて確認できるようになった。教える内容を、教えるタイミングごと、仕組みに変えていった。

もう一つのバラつきは、マネジメントだった
土台が整うと、次の課題が輪郭を現した。管理職の「マネジメント」だ。
技術系の会社ゆえに、管理職は、「マネジメント」や「コミュニケーション」、「部下との向き合い方」を体系立てて学ぶ機会がほとんどなかった。マネジメントのスタイルは、上司ごとにバラバラ。「どう向き合えばいいのか」「1on1をどう進めればいいのか、わからない」。そんな声が上がっていた。
社員の多くが取引先に就業しているため、上司と部下がじっくり話せる場そのものが、限られている。
――教育がバラバラだったのと、同じことが、マネジメントでも起きていた。
そこで会社は、外部講師を招いた対面の管理職研修を導入する。まずは課長職を対象に、1on1の「型」を、共通のスキルとして身につけてもらう。対面で土台をつくり、その後はオンラインの仕組みで復習・フォローする。学びが、その場で消えない設計だった。

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外部の言葉だから、素直に届く
田中様は言う。「受講者の発表やディスカッションを見ていて、「課長としての役割や視点」が、以前より明確になってきた」と。社内で伝えるよりも、外部講師の言葉だからこそ、素直に受け取られる部分がある。
管様が印象に残ったのは、研修の進め方だった。発表後に必ず拍手をすること。ワークに丁寧なフィードバックがあること。参加者が自信を持ち、主体的に取り組む姿勢が見えたという。現場は、確かに動き始めていた。
課長(当時)の斉木様 は、「質問がメンバーの思考のスイッチになる」という考え方が、一番心に残ったと話す。これまでは自分が知りたいことを聞く限定質問が多かった。それを掘り下げ質問や拡大質問に変えるだけで、相手の考えが自然と出てくる。表情や姿勢を意識し、Iメッセージで具体的に褒める。メンバーの新しい一面に気づけるようになった。
管理職になって間もない早崎様は、「聞く姿勢」の大切さを学んだことが、一歩踏み出すきっかけになったと語る。表情や姿勢を柔らかくするだけで、相手の反応が変わる。家庭の悩みまで、安心して話してくれるようになった。
そして何より――「学ぶ姿勢」が、目に見えるようになった。 ビジネスマナーや基礎スキルの動画を、自ら視聴する社員が増えていく。「自ら学ぼうとしているメンバー」が、社内で見えるようになった。

土台はできた。それでも、問いは続く
すべてが、解決したわけではない。早崎様には、まだ迷いがある。どこまで踏み込んでアドバイスをしていいのか。相手が不快にならないラインは、どこか。信頼を積み重ねながら、その見極めを続けている最中だ。学ぶ土台はできた。マネジメントの型も、身につき始めた。それでも、人が人と向き合う難しさは、仕組みだけでは埋まらない。
田中様は、こう考えている。技術を磨き、成長し続けるエンジニアリング企業でありたい。教育は、その土台だ。技術を学ぶだけでなく、人とのつながりや働きやすさをつくる手段でもある。
管様は、採用の段階から「技術力よりまず人間力」を大切にしている。仕事の成果は、最終的に“人”がつくるものだから。
社員600人に、同じ教育を届けること。それだけでは終わらない。 その先に、上司も部下も、同じ基準で成長していくこと――その問いに、この会社は今も向き合い続けている。
