理念はあったが、仕組みは無かった
一般の不動産会社が、断る物件がある。相続でこじれた土地。誰も住まなくなった家。人が亡くなって心理的な瑕疵の残る、いわゆる事故物件。再建築のできない土地。――「扱いづらい」と敬遠されてきた不動産を、引き受ける会社がある。
「不動産の可能性を追求し、世の中の困りごとを解決する 」。それをVISIONに掲げ、葬儀社、介護事業者、信託銀行と連携しながら、全国の相談に応えてきた。
この会社は、人を育てることに無関心だったわけではない。むしろ逆だった。行動指針には、はっきりこう書かれている。「仕事の半分は、人を育てること」。
それなのに――2024年、新卒採用を本格的にスタートしたことをきっかけに育成の課題が、一気に表面に出た。

気づきの構造
研修担当を置くべきなのか。外部研修に送り出すべきなのか。マニュアルを整えるべきなのか――。
しかし現場を見ると、違う景色が見えてくる。教える人が、いなかったわけではない。入社初日には企業説明や事業内容、ツールの使い方などの研修もあった。地方の拠点に配属される社員には、OJTが業務のフォローを行った。外部講師を招くこともあれば、役員が自ら講師に立つこともあった。ベテラン社員が自分のノウハウを共有する会は、月に2回ひらかれていた。
教えることに、熱がなかったのではない。むしろ「やりたい」と言えば後押しする社風のもとで、研修は多いくらいだった。問題は、その先にあった。
教えていた。ただ、教えるたびに、それは消えていた。
社内システムの使い方は、人が入るたびに一から説明された。一度では分からない人もいる。同じ説明が、何度も、何人にも繰り返された。会社の歴史も、創業からの想いも、研修で説明はするものの、社員に浸透するかどうかは配属先と上司によって差異が生じていた。キャリア入社の社員は多い。だからこそ、会社が何を大事にしてきたのかを十分に理解しないままで現場に出てしまうことも課題だった。OJTは体系化されておらず、振り返りをするのが困難な環境だった。
そして2024年。新卒採用が本格的に始まる。
同じ話を、全員に、同じ深さで。――属人的なOJTでは、もう間に合わなかった。つまり、教える人が足りなかったのではない。教えたことが、残っていなかったのだ。

決め手と、実行のプロセス
必要だったのは、3つだった。
自社の研修動画を、蓄積できること。入社時期が違っても、同じ内容を受けられること。そして、ビジネスの基礎を学ぶ一般教材も揃っていること。この会社の業務は、業界のなかでもニッチだ。他社がやっていないことばかりで、独自のコンテンツは山ほどある。それを外部に流出しないこと。それが決め手になった。
運用は、拍子抜けするほど順調だった。中途社員にも新卒社員にも、必要なコンテンツを指定する。「〇日までに視聴」「テスト受講」「レポート提出」。現場に配属される前に押さえてほしい内容を、そこで揃える。
導入初期には、進捗のランキングを発表した。誰がどこまで進んでいるかを細かく見て、声をかけた。

全部録画して、載せる
蓄積を担うことになった水谷様には、決めていることがある。
難しい編集は、しない。全体会議も、社内セミナーも、まるごと録画してそのまま置く。現場の設備の使い方は、社員自身が解説する動画にした。不動産の基礎知識は、業務経験が豊富なベテラン社員の研修を録画し、その録画をコンテンツにした。社内システムの操作説明も、新卒向けの不動産知識テストも、同じ場所に並べた。そのうえで、ひとつだけこだわっているのはサムネイルに、講師本人の写真を入れること。
社内コンテンツをつくってくれる人を、大事にしたい。だから、その人の顔がわかるようにする。思わず開きたくなるように、 工夫をこらす。
こうした運用が成り立つ理由を、専務はこう説明する。「うちは、やりたいと手を挙げたら、全力で応援する会社なので」。
社内で大切にしている言葉を並べたものがある。そこには「出る杭は伸ばそう」と書かれている。誰も否定しない。だから、教える側にまわる社員が、勝手に増えていった。北海道から熊本まで、拠点は23。誰のもとで働いても同じ質の教育が受けられるように――その願いが、この蓄積を支えていた。

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評価する側にも、共通の基準を
組織が大きくなるにつれ、別の問題が顔を出した。
これまで評価に携わってこなかった社員が、新たに評価を担うようになる。「評価をどう伝えるのか」「どのように部下と向き合うのか」。評価者としての基礎スキルが、急に必要になった。
そこで、新しい期のスタートに合わせて、対面の研修を実施した。
手を動かしながら考える構成だった。受講者からは、最後まで飽きずに主体的に学べたという声が並んだ。普段はそれぞれの拠点に分かれて働いているため、変化を直接見る機会は多くない。それでもアンケートには、一人ひとりの具体的な気づきが書かれていた。
オンラインで積み上げた土台の上に、対面で共通の基準を重ねる。評価という、いちばん属人的になりやすい場面に、共通言語が生まれた。

1ヶ月後の面談で
入社から1ヶ月後、面談がある。そこで必ず確認する項目がある。学習したかどうか。「どんな動画を見ましたか」と聞くと、社員はその内容を話してくれる。感想を聞き、背景を聞く。しっかり学習した社員ほど、会社への理解度が高く、会話がスムーズだ。誰かが口頭で伝えるよりも、動画で学ぶほうが、共通認識は早く整う。仕事への不安も、その分だけ減っていく。
とくにキャリア社員だ。「どんな会社なのか」を、早く掴める。背景や価値観まで理解したうえで、現場に立ってくれる。
学びが、その後の自信につながっている。――そう実感できるようになった。
新卒採用を始めて、2年。今後もさらに新卒採用を強化していく方針だ。

まだ、途中である
課題は、まだ残っている。
会社は成長期にあり、各メンバーが複数の業務を抱えている。レポートの提出状況のフォローが十分にできていないという課題も感じている。無理なく続けられる運用へ、これからアップデートしていく段階だ。
「お客様の前に誰が立っても同じサービスやホスピタリティを提供できるように、人として・プロとして成長できる環境を整えていきたい。」と専務は言う。
この会社は、人を採用し、育てる部署を独立組織として置いている。会社が数名だった頃から採用と育成に携わってきた専務は、こう繰り返す。「会社にとって、一番の財産は人です」。
大切にしている言葉のなかに価値観のひとつに、こんな言葉がある。
「仕事を楽しむことは、人生を楽しむこと」。
社員がいい顔で働いていなければ、いいサービスは生まれない。教えたことが残る場所をつくったのは、そのためだった。

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